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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)3535号 判決

原告(反訴被告) 吉村友衛

被告(反訴原告) 加藤コマ 外一名

主文

原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

原告(反訴被告)は被告(反訴原告コマ)に対し別紙〈省略〉第一目録記載の物件についてなした昭和二八年八月二八日大阪法務局江戸堀出張所受付第一〇二四九号原因同年六月三〇日代物弁済を事由とする取得者原告(反訴被告)なる所有権取得登記の抹消登記手続をなせ。

原告(反訴被告)は被告(反訴原告清子)に対し別紙第二目録記載の物件につきなした昭和二八年八月二八日大阪法務局江戸堀出張所受付第一〇二四八号原因同年六月三〇日代物弁済を事由とする取得者原告(反訴被告)なる所有権取得登記の抹消登記手続をなせ。

訴訟費用は本訴及び反訴とも原告(反訴被告)の負担とする。

事実

原告(反訴被告、以下単に原告と略称する)訴訟代理人は本訴につき被告(反訴原告、以下単に被告と略称する)両名は原告に対し別紙第一及び第二目録記載の土地及び建物を明渡し且昭和二八年九月一日より右明渡済に至る迄連帯して一ケ月金九、七三五円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。との判決竝に仮執行の宣言を、反訴につき、被告等の反訴請求を棄却する。反訴の訟訴費用は被告等の負担とする。との判決を各求め、本訴の請求原因竝に反訴の答弁として、

一、原告は貸金業者なるところ昭和二八年一月二〇日被告両名を連帯債務者として金百万円を利息月五分、一ケ月分先払の定で元本の弁済期を同年六月三〇日と定めて貸与した。

二、原告は右消費貸借の担保手段として右同日被告コマ所有の別紙第一目録記載の土地及び建物並に被告清子所有の別紙第二目録所有の建物(以下両者を本件不動産と称することがある)につき被告等と停止条件附代物弁済契約を締結し、契約締結と同時に代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記をなし、弁済期に不履行のときは右不動産の所有権を本件債務の履行に換えて原告が取得すると共に、原告が一方的に所有権移転の本登記をなすことを許容し、且つ被告等は本件不動産を原告に明渡す旨合意した。原告は右約旨に基いて同年同月二一日本件不動産につき所有権移転請求権保全の仮登記をなした。

三、然るに被告等は前記弁済期を徒過したので原告は右約旨に基き本件不動産の所有権を取得すべきところ被告等は利息金を遅滞なく支払う代りに元金の支払を暫時猶予されたい旨懇請したので原告は一時その支払を猶予した。然るに被告等は同年六月中旬本件不動産につき訴外川端孝嘉、同上西長五郎等に対し架空の抵当権賃借権を負担する外、原告の本登記手続をなすことを妨害するため印鑑を変更するなど急に態度を豹変したため、原告は代物弁済として本件不動産を取得することとし、同年八月二八日前記仮登記に基づいて昭和二八年六月三〇日付代物弁済を原因として所有権移転の本登記手続をなし被告等にその明渡を求めたが応じない。原告は被告等の右不法占拠により昭和二八年九月一日以降一ケ月金九、七三五円の割合による賃料相当額の損害を蒙る次第である。

四、仮りに前記担保手段が停止条件附代物契約でなくして単純なる代物弁済予約であるとすれば原告は被告等に対し昭和三〇年二月四日到達の各内容証明郵便で右予約完結の意思表示をなしたからこれにより本件不動産の所有権を取得したものである。

五、更らに前記担保手段が右のいづれでもないとすれば原被告間に本件不動産の所有権は契約と同時に原告に帰属し、原告は元利金及び予定賠償額充当のため期限後は本件不動産に対する処分権を取得し、任意にこれを行使して売得代金により元金利息、予定賠償額その他権利実現に必要であつた諸費用に充当し、残額あれば返還するという内容のいわゆる譲渡担保契約を締結したものである。

と述べた。

被告等訴訟代理人は本訴及び反訴につき主文同旨の判決を求め、本訴の答弁竝に反訴の請求原因として、

一、原告主張の消費貸借は金額及び利息の先払の点を除きこれを認める。現実に交付を受けた金額は九二万五千円である。又本件不動産につき夫々原告主張の如き仮登記及び本登記の為されていることは認めるがその余の原告主張事実はすべてこれを争う。

二、被告等は前記消費貸借の担保のため本件不動産に対し乙第一号証(公正証書)記載のとおり抵当権を設定したものであるに拘らず、原告は右約定に反し昭和二八年一月二一日同年同月二〇日付代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を為した。然しながら被告両名は原告との間に右の仮登記の原因たる代物弁済予約の原因証書を作成し又は人をして作成せしめたことはない。惟うに右は被告等が抵当権設定登記に必要だというので白紙の委任状に捺印した上これを登記手続の代理人司法書士奥田義夫に預けておいたところ同人が仮登記に使用したものであるが仮登記をなす原因はなく又同人に仮登記をなすことを委任したことはない。従つて右仮登記は原因を欠き無効である。

三、次ぎに原告は昭和二八年六月三〇日被告両名より代物弁済をなす旨自ら意思表示をなし、又は人をしてなさしめたことはないのに拘らず主文第二、第三項記載の各本登記を同年八月二八日完了した。それは被告が昭和二八年七月二七日同年七月分の利息五万円を支払い原告もこれを受領している事実(乙第六号証)によつても明白である。

四、調査の結果によれば右本登記は司法書士杢繁之助が本件当事者双方の代理人として為したものであるが右申請には次の如き不正が行はれた。即ち(イ)本登記の申請書に添附すべき登記原因証書(六月三〇日代物弁済契約を証する書面)は作成せられたことはなく勿論添附せられていない(ロ)添附書類中の被告両名の受任代理人は奥田義夫であつたのに委任者の承諾なくこれを杢繁之助に変更し奥田義夫を抹消してあるし又委任日附も同月一九日とあるものを無権限に八月二六日と訂正使用してある(ハ)更に被告コマは原告に対し昭和二八年八月八日附印鑑証明書を交付したことがないのに拘らず偶々被告コマが他の目的のために司法書士桜本三郎に交付してあつた同年八月八日附印鑑証明書一通が残存していたのを原告が探知しこれを入手した上本登記に転用したものである。故に右登記は形式上の要件を欠き無効である。

五、そもそも本件借金の目的は本件建物(待合営業用)の建築費の不足を補うためで貸借当時本件建物は未完成であつた。本件建物が完成し被告等が営業を開始したのは昭和二八年三月一六日である。被告コマは本件借受金の一部で本件土地買受残代金二五万円を支払い、又借受金の残りを以て建物の建築費と待合営業の準備金に充当した。然し本件建物の請負人訴外上西長五郎に対し多額の報酬債務(最終的には百万円)があつたので本件貸借当時被告等は原告に対してのみ本件土地及び建物を代物弁済に供し得る立場になかつた。本件土地及び建物の時価は五百万円であるから仮りに原告主張の代物弁済契約をなしたものとすればそれは暴利行為として民法九〇条により無効である。

六、尚原告は前述の如く不正の手段により所有権移転の本登記をなしたため甚しく被告等の信用を害し債務の肩替りその他の方法により本件不動産により融資を受ける途を鎖された。従つて原告の行為は権利濫用として許されない。

七、以上述べた如く本件土地建物の所有権は被告両名にあつて原告にない。よつて明渡しの義務もないと共に所有権に基き原告に対し所有権移転の本登記の抹消を求めるものである。

と述べた。

原告訴訟代理人は被告等の答弁竝に反訴請求原因に対し、次のとおり述べた。

一、原告は被告等に貸与した金額は百万円であるが約旨により一月分の利息二万五千円と二月分の利息五万円の先払いを受けたものである。

二、乙第一号証(公正証書)に被告等主張の抵当権の設定規定あることは認めるが、これは最初本件消費貸借のため本件不動産に抵当権を設定して貰うことになつていたので公正証書作成の二三日前公証人役場に証書の作成を依頼しておいたが取引当日(一月二〇日)原告代理人吉村繁蔵が抵当権設定登記手続のため司法書士奥田義夫事務所に赴いたところ被告清子(被告コマの代理人でもあつた)及び本件貸借の仲介人である右奥田義夫の父政孝が登記費用を節約するため代物弁済予約の仮登記に止めて貰いたいと懇請した。そこで原告代理人吉村繁蔵はこれを承諾し不履行の場合所有権が原告に帰属することを念達し又弁済期後何時でも登記出来るよう被告等作成の昭和二八年六月三〇日附不動産売渡証書、本登記委任状、印鑑証明取得のための白紙委任状等の交付を受けた上公証役場え赴いたが先に作成を依頼しておいた公正証書が出来上つていたので抵当権の設定条項をその尽存置せしめたに過ぎない。従つてこれによつて右代物弁済契約が取消されたものではない。

三、その後毎月末その翌月分の利息金が多少の遅れはあつたが約束通り原告方に支払はれ期限の六月末日が到来した。

四、原告は早速元金請求をその使用人松田真三を通じてなさしめたが被告コマは「金策がつかないからそのまま待つて貰いたい。利息は支払うから権利の実行は猶予して貰いたい」と懇請し、その後一ケ月ほど遅れて金五万円を同人に託したので原告はしばらく様子を見ることにしたものである。その後被告等より原告に対し金銭の交付がない許りでなく前述(請求原因三項)の事情により代物弁済実行の決意をなし司法書士杢繁之助に依頼して本登記を行つたものである。

五、本登記の原因(代物弁済)の日付を昭和二八年六月三〇日としたことは不正確であることは認める。原告が代物弁済実行の決意をなした同年八月二七日とすべきであつたが取り敢えず当初の約束上の期限を代物弁済の日としたのである。原因の日付の誤りは登記の無効を招来しないこと勿論である。

六、次に本登記の申請書に添付すべき原因証書のない場合には申請書の副本を添付すればよいことは不動産登記法の認むるところである。

七、登記申請の受任者を変更し奥田義夫より杢繁之助と変更したこと及び委任の日附を変更したことは争はない。奥田司法書士の父奥田政孝は被告等に対し一債権者であり且つ常々被告等の経営する待合え通つている事実があつたため、原告は同人を避け、杢司法書士に登記手続を依頼したのである。

この委任状は杢司法書士に交付せられ登記所に提出せられる迄には反訴被告が所持して居つたので上欄には後日多少の変更を加え得るように印影が捺されていたから杢司法書士が適宜変更を加えて提出したものと考えられる登記物件に変更を加えるが如き場合は問題となし得るが日付や司法書士の変更は本質的違法行為ではない。或程度訂正可能の委任状が被告等から原告に交付せられていた事実そのものが事前に「多少非本質的部分に変更を加えられることあるべし」との諒解ありしことを証してあまりあるのである。

八、被告コマの印鑑証明入手の経路は被告等主張のとおりであることは争はない、当初の予定として甲第六号証(被告コマ名義の印鑑取得委任状)及び被告清子名義の印鑑証明取得委任状により必要に応じ何時でも印鑑証明がとれるようになつていたのであつたが被告主張の如くコマ名義の印鑑が変更せられていたため八月一九日に区役所から取得することができなかつた。従つてその印鑑証明自体は甲第六号証によつて取得せられたものではないのである。そもそも登記申請に際し印鑑証明を添付する所以は申請書乃至委任状の印影が公務所に届出でられたる印影と同一なるや否やを確認する手段であつて実体的な意味を持つものではない。被告コマの印鑑証明が八月八日附であるとしても、その日付に於て同被告の印鑑がその通りならば文句はない筈である。

九、本件代物弁済契約が暴利行為なことは否認する。又原告の行為は何等権利濫用となるものではない。

原告訴訟代理人は以上の如く述べた。

〈立証省略〉

理由

成立につき争のない甲第四号証(乙第一号は同一物、以下単に本件公正証書ということがある)証人横野為雄石原卯一郎の各証言及び被告コマの供述を綜合するときは原告主張の日時原告主張の消費貸借が成立したことが認められる、被告等は現実に交付を受けた金額は九二万五千円であると抗争するけれども右証拠によれば被告清子に於て原告代理人吉村繁蔵から百万円の交付を受けた後利息の先払として金七万五千円(一ケ月半分として)を原告代理人吉村繁蔵に交付したことが認められるから本件に於ては百万円につき消費貸借が成立したものというべきである。次に別紙第一、第二目録記載の土地及び建物に昭和二八年一月二一日受付同年同月二〇日付代物弁済予約を原因として原告のために所有権移転請求権保全の仮登記竝に同年八月二八日受付同年六月三〇日付代物弁済を原因として原告のために所有権移転の本登記手続のなされていることは当事者間に争がない。被告等は本件消費貸借の担保として本件不動産に抵当権を設定したるに止り原告主張の如き停止条件附代物弁済契約ないし代物弁済予約をなしたことはないと主張するので按ずるに本件公正証書によれば被告等主張の如く抵当権設定を規定したるも代物弁済に触れていないことが認められる。然し作成者の捺印に争なく内容(但し日付の点を除く)については当裁判所に於て成立を認める甲第五号証の二及三、成立につき争のない乙第八号証の一ないし三第九号証の一、二の各記載に証人横野為雄、石原卯一郎、奥田政孝、吉村繁蔵の各証言竝に被告両名の各供述の一部を綜合するときは次の諸事実が認められる。即ち(一)当初本件貸金の担保として本件不動産に抵当権を設定することになつていたので原告側は公正証書作成日の二三日前にその趣旨の公正証書の作成を公証人安田慶嗣に依頼しておいた。(二)取引当日(昭和二八年一月二〇日)原告代理人吉村繁蔵が抵当権設定登記手続のため司法書士奥田義夫方え赴いたところ被告清子(被告コマの代理人でもあつた)は右司法書士の父で本件貸金の仲介者である奥田政孝の提案に基き登録税節約のために抵当権の設定に代えて代物弁済予約の仮登記で済まして貰いたいと懇請したので右原告代理人は弁済期後原告単独で本登記をなし得るような必要書類の交付を受けた上右仮登記をなすことを合意し同司法書士をして仮登記手続をなさしめた。(三)右の如く仮登記をなすことに合意してから原告代理人と被告清子とは公証人役場に赴き既に出来上つていた公正証書の抵当権設定条項をそのままに署名捺印して本件公正証書は完成した。(四)そこで原告代理人は被告清子に約定の金額を交付した。右事実によれば当事者の真意は抵当権設定登記に代えて代物弁済予約の仮登記をなすことにあつたことは明かで本件公正証書中の抵当権約款は通謀虚偽表示として無効と解するを相当とする。仮りに必しも通謀虚偽表示に非ず有効と認めるにしてもこのことは前記代物弁済予約の効力を妨げるものではない。蓋し金融業者は抵当権の設定と同時に同一物件につき代物弁済予約をなすことは往々みることであつて両者の競合は債権者に権利行使の選択権を付与するに止り、相容れないものではないからである。従つて本件代物弁済予約の仮登記は有効であるから被告の無効論は採用しない。然し本件代物弁済予約の内容は原告訴訟代理人が第一次に主張するように停止条件附代物弁済であるかそれとも予備的に主張する単純なる代物弁済予約なりやについては検討を要する。原告(代理人)が前述の如く代物弁済予約の仮登記をなすことを合意した際被告等から本登記をなすに必要の書類の交付を受けたことは認められるがこれは金融業者の常套手段であつて当然に停止条件付代物弁済契約を意味する訳ではない。元来本件は抵当権設定登記に代えて代物弁済予約の仮登記をなすことになつたものでありそれは専ら登録税節約の趣旨に出たものであることは右認定の如くであり、又本件公正証書には本件消費貸借の担保方法として抵当権、営業用動産の譲渡担保並に待合営業権の代物弁済予約等各種の担保方法が規定されて居り更に本件消費貸借の目的は被告等営業の待合の建物新築費用の不足を補うためであつたこと、貸借当時本件建物が未完成であつたこと、又最初より被告等から滞りなく約定利息を支払えば弁済期を延期する了解のあつたこと等が乙第二ないし第六号証の記載、証人奥田政孝、松田真三の各証言及び被告等の各供述を綜合して認められるから当事者の真意は停止条件附代物弁済契約ではなくして債権者に担保方法行使の選択権を与える趣旨に於て単純なる代物弁済予約の合意であつたと認めるを相当とする。然らざれば被告等は原告に於て如何なる担保方法行使するや不明で不測の損害を蒙る虞があるからである。証人吉村繁蔵、横野為雄の各証言によつては右認定を左右するに足らず。他に右認定を覆す証拠はない。

次に代物弁済予約は暴利行為として無効であるとの被告等の仮定抗弁について考察するに本件金融は極めて高利であり担保として本件不動産の外に営業用動産及び営業権をも目的としているのであるから債務者に取つて苛酷の憾みがあり又本件不動産の昭和二八年八月当時の時価が約三百万円であつたことは成立に争のない甲第二号証の記載証人奥田政孝の証言被告コマの併述を綜合して認められるから代物弁済は債権額に比し権衡を失する憾みはあるが原告が貸金業者であつたことは証人横野為雄、松田真三の各証言によつて認められるし元々代物弁済予約に変更したのは被告側の提案に基づくものであるからこれを以て暴利行為として無効となすことはこれ又債権者に思はぬ損害を与えることになることを思えば本件法律行為はこれを有効として維持するを相当と解する。従つて被告等の仮定抗弁は採用しない。

而して原告は本件代物弁済予約を停止条件附代物弁済契約であるとの見解の下に予約完結の意思表示をなさないで本件不動産につき昭和二八年八月二八日所有権移転の本登記をなしたことはその主張自体に徴し明かなところ本件代物弁済予約が停止条件附代物弁済契約でなかつたことは前段に認定の如くであるから右所有権移転の本登記はその登記手続の過程に関する争点について判断するまでもなく原因を欠き無効である。

原告は予備的に昭和三〇年二月四日被告等に到達の内容証明郵便で代物弁済予約完結の意思表示をなしたからこれにより原告は本件不動産の所有権を代物弁済により取得した旨主張するので按ずるに原告が右意思表示を為したことは成立に付争のない甲第一二ないし第一五号証によつて認められるが元来原告は昭和二八年八月二八日本件不動産所有権を取得したとして本登記をなし爾来被告等に明渡を訴求して来たもので被告等は原告の右登記により信用を害せられ金融の道を鎖され被告等を苦境に追い込んだことは弁論の全趣旨によりこれを認むるに難くない。従つて原告が不法無効なる本登記を維持したまま予約完結の意思表示をなすことは恰も手足を縛つたまま歩行を命ずるに等しく衡平の理念に反し信義誠実の要請に戻る。原告は宣しく本登記を抹消した上相当の猶予期間を与えた上被告等に対し債務の履行を催告し、しかも被告等において履行しない場合に到つて始めて伝家の宝刀たる予約完結の意思表示をなすことを許されるものというべきである。よつて原告の本件予約完結の意思表示は民法第一条の精神に反しとうてい無効たるを免れない。

以上説示の如く原告の為した本件所有権移転の本登記は結局その原因を欠く無効であり被告等は依然本件不動産の所有権を保有するものであるから本件不動産が原告の所有なることを前提とする本訴請求は失当としてこれを棄却し、被告等の原告に対し右無効なる本登記の抹消を求める反訴請求は正当としてこれを認容する。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 庄田秀麿)

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